久能山東照宮 御朱印

久能山東照宮へは、ご参拝は久能山の山下から1,159段の表参道を登る方法と、日本平からロープウェイで久能山に渡る方法があります。
・・・当然ロープウェイでお参りしました。

ロープウェイを降りても石段^^;

徳川家康公は生前、家臣に対し、自分の死後について「遺体は駿河国の久能山に葬り、江戸の増上寺で葬儀を行い、三河国の大樹寺に位牌を納め、一周忌が過ぎて後、下野の日光山に小堂を建てて勧請せよ、関八州の鎮守になろう」 との遺言を残されました。

この御遺命により御遺骸を久能山に埋葬し、その地に2代将軍秀忠公の命により久能山東照宮が創建されました。

神廟は家康公の御遺命により西向きに建てられています。西の方には、公の御両親が子授け祈願の参籠をされたという言い伝えを持つ鳳来寺があり、さらにその西に岡崎の松平家の菩提寺大樹寺、家康公誕生の地である岡崎城があります。そしてその延長線は京の都へと続いています。

また、「久能山東照宮博物館」では徳川家康公に指料である重要文化財「太刀 無銘光世作(ソハヤノツルキ)」、徳川秀忠公が寄進した国宝「太刀銘真恒(さねつね)」の他、歴代将軍が久能山東照宮に寄進した刀剣を中心に40口を収蔵、刀剣を所有する神社としても有名です。

刀剣修復プロジェクトについては、久能山東照宮に伺った時に初めて知り、限定御朱印を頂くことはできませんでした・・・残念。
御朱印帳をお持ちの方は、2020年3月末まで現地で頂けるそうです。

死の直前、家康は「ソハヤノツルギ」を久能山東照宮に奉納し「その切っ先を西へ向けておけ」と遺言、死してなお西方へのけん制を怠らなかったとのことです。

久能山東照宮(くのうざんとうしょうぐう)

御祭神:徳川家康公
所在地:静岡県静岡市駿河区根古屋390
電話番号:054-237-2438
交通アクセス:静岡駅から久能山下行きバス約50分
営業時間:4月1日~9月30日 9時~17時 10月1日~3月31日9時~16時
初穂料:300円

久能山の歴史は『久能寺縁起』によると、推古天皇の御代(7世紀頃)秦氏の久能忠仁が初めて山を開き一寺を建て、観音菩薩の像を安置し補陀落山久能寺と称したことに始まります。久能山の名称もここから起こりました。
また、鎌倉時代の紀行文である『海道記』には山上山下にわたって300余の禅坊が建てられてあったことが記されており、鎌倉時代前後にかけての久能寺はまさに東海道屈指の寺院として栄えていました。

ところが、鎌倉時代中期の嘉禄年間(1225年~1227年)山麓の失火によって類焼し昔の面影はなくなりました。

永禄11年(1568年)には、武田信玄公は当山が要害であることを聞き、久能寺を近くの北矢部(静岡市清水区、今の鉄舟寺)に移し山上に城砦を設け久能城と称しました。天正10年(1582年)武田氏が亡びて駿河国一帯が徳川氏の領有するところとなったので久能山も自然と徳川氏のものとなりました。慶長11年榊原清政が城主となり、次いで其の子照久がそのあとを継ぎました。徳川家康公は久能山が要害の地である事に早くから着目し、薨去の際、照久に「久能山は駿府城の本丸と常に思召す」と言われたと伝えられています。

<久能山東照宮ホームページより>

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